ほとんど不定期でトホホ日記を再開だ!
内容は本当の日記でござる。危ない事は書く事がないので安心だね?


2002年5月29日
パソコンの話 2

まあパソコンの話の続きを書こうとした時に調度パソコンの環境を変更しなくてはいけなくなり
更新作業が滞ってしまった。
といってもいつもの事ジャン!と言われてしまったらどうしょうもないですね。

まあ、パソコンは知らず知らず自分の使いやすいように、みんなはカスタマイズしていると思うけど
これが初期化したら大変ですよね、もう困ってしまうくらい環境が変わっちゃって、おまけにOSを
変更したりしたらもう訳わからなくなってます。

とはいえこのページを更新しているという事は一応作業が終わったのでなんとか更新できるように
なりました。

でも疲れるね、この手の作業はという事で前回の続きは次回に回されました・・・


2002年5月21日
パソコンの話

パソコンをいじり始めて何年になるだろう?
そもそも、パソコンと私の出会いは職場で、20年程前に起きたパソコン(マイコン)ブームだった。
職場の先輩や同僚がNECのPC6001MK2(機種依存文字は使いません)やシャープのMZ80B
などと言うパソコンを買い ゲームで遊んでいた頃だ、自分は今ひとつ乗り気でなかったので
購入はしなかったが、興味はあり遊ばせて貰ったりしていた。
もちろんロードやセーブはカセットテープの時代。
ゲームと言ってもパックマンが本物に近く動くだけで驚いていた時代だった。

ゲームは雑誌掲載のプログラムをひたすら打ち込みロードして遊ぶと言う気の遠くなる作業、
カセット(テープだよ)で既存のゲームは出ていたけれどとても面白い!というものでは無かった
ような気がする。そんな訳で自分もゲームすら興味があまり無かったのだけど、そんな時に発売された
ファミコン!これは凄かったね。

上記のゲームとは比べ物にならないグラフィック&サウンド。
自分が最初に燃えたゲームはスパルタンXだったけど。
本当に凄かったね、この頃より職場でもパソコンブームからファミコンブームに変わっていった、でも
ファミコンに対抗してMSXパソコンを買った人もいたけど全然敵ではなかった!

こうしてやがて私はゲームオタクになり?高橋名人の「ファミコンは1日1時間」と言う注意も聞かず仕事
以外の時間をほとんど費やしていた。(バカだね。)

でもこの頃そういう人が回りに沢山いたけどね。
それからはゲームとビデオ(ここでもちゃんと趣味は健在)の日々だ!
セガマーク3が出れば買い!PCエンジンが出れば買い!メガドライブが出れば買い!CDROMROMが出
れば(ちょっと安くなって)買い!と言う時期に凄いゲームが出来るパソコンが出た!
シャープのX68000だ!(ちょっと発売時期が前後してます。メガドライブはX68000より後に発売です。)

なんと!あのアーケードのスペースハリアーが本物そっくりで出来るのだ!
もちろん、スペースハリアーはゲーセンでは腕ではなくコンティニューで無理やりエンディングを見たお気に
入りゲームだった私は、思い切って・・・展示現品で29万円であった物を購入!!

これが始めて買ったパソコンだった!
それからはそれまで以上にゲーム三昧の日々が続いた。
まあ、ウィルス問題で始めて一般新聞紙をにぎわした「サージョン買ってね、ウヒョ」の存在と何度か摘発さ
れたレンタル屋のおかげでほとんどのゲームを手に入れる事が出来た。
そんなこんなでいつの間にかうちの職場はX68Kユーザーが3人になっていた。
これって凄い事だよね。

そんな中で一応ベーシックなども勉強してみたけどダメでした。
パソコンに適応する頭ではなかったようです。
でも、その68Kの勢いもレンタル店摘発!違法コピー排除!の動きと共に低迷し次世代のパソコンTOWNSに
とって変わられた。
これは頑なにX68000のCDROMを搭載しなかった事などに要因があるのではないだろうか?
凄くいいマシンだったのに残念です。

X68Kが低迷しても根強くパソコン人気を支えていたのはNECの98シリーズでしたね。
でも、正直いってこの頃の98ってシミュレーションゲームとエロゲーしか無かったですよね。
シミュレーションゲームといえば光栄だけど元々は光栄もエロゲーみたいなの出していたし、まあイースシリーズ
なんかも人気があったけどこの頃からまたパソコンは私の元から離れていったのでした。

ちなみに職場の先輩はその後もTOWNS、エプソンの98互換機、と次々に時代ごとにマシンを変えられて現在に
至っておられます。

その頃、私も人並みに結婚し(間違いだったけど)オタクとしての時間をすべて奪われてしまいました。
そして、パソコン(X68000)もただのビデオタイトラーとしてしか使われなくなるのでした。

パソコンの話 次回へ続く・・・

2002年5月16日
遂に42歳・・・

なんと申しましょうか、年は勝手に取るものでいつのまにか42歳となりました。
ため息しか出ませんが、まあ厄年も後厄を迎えると言う事でもう一頑張りですね。

そんな時、息子(小3)が、プレゼントといって渡してきた物、子供の定番の○○券である。
「肩たたき券」「コーヒーを入れる券」「アイスを持ってくる券」そして、「やさしくする券」?である。
思わず息子に「これ何をする券だ?」と聞いてみた。
「裏に書いてあるよ。」との事、確かに書いてあった、「にこっとする」。

なんだこりゃ?
早速、使ってみた。すると息子は「とおさーん」と近寄ってきてニコッと笑った。
私「それだけ?」 息子「うん、それだけ。」
なんだかよく判らないけど彼の中ではこれもサービスなのだろう。

近いうちにアイスを持ってくる券も使わせてもらおうと思うのだった。


2002年5月14日
倉庫の探索

実は私は自分のマンションには物をほとんど持ってきておらず、実家の倉庫に色々なお宝?や
ガラクタが眠っている。

そこからガサゴソと取り出せばHP用のコンテンツになりうる物が多く発掘されるのだが、なかなか
チェックをする事が出来ない。
まして、きれい好きな自分のオヤジは、時々倉庫を整理してくれる、そのたびにお宝となりうる物が、
奥へ奥へと入っていってしまい既に自分ではどこになにがあるのかわからない状態である。

そうかといってすべて日の目を見せてやるわけにもいかないので、そのままになりつつあるが、
あの倉庫はどうも湿気が多い!
そのためビデオテープ類にカビが発生する可能性が大なのである。
もちろん、学生時代からこつこつと貯めていたソノシートやレコード類もあるのだが、ダンボールを
開けた事が無いので、少し不安だ・・・
いつか全部出してデジカメなりスキャナーなりで取り込んでガラクタ部屋としてアップしたいのだけど
なかなか時間が取れない、そんな中 「大山倍達」館長のレコード録りのテープを発見!
既に、大山館長時代の声を聴けることもなかなか無いのでどうぞ、ここでありがたいお言葉を正座して
聞いて下さい!押忍!

大山倍達館長のありがたい言葉を聴く!(MP3)


2002年5月10日
オヤジの思い出

こんな書き方をすると死んじゃっているみたいだけど・・まだまだご健在でございます。
うちのオヤジはとにかく真面目で冗談もあまり通用しなかった。
自分が小学6年のある日、オヤジが大切に録音しいていたカセットテープ、ピンカラトリオの「おんな
の道」にいたずらをした。

同じメーカーのカセットテープにダビング編集をし歌をマッドテープ化したのだ!
イントロはそのままで、歌の部分から「わ〜たしがぁぁぁぁっ さぁぁぁぁあっ!なぁぁぁぁっ!」と繰り返
させたテープを作ったのだ!
弟と大笑いをしながら作成し出来は完璧な?物だった!
これを聞いたら親父ぶったまげるぞ!と思いその機会を伺っていた!
そしてそのときが来た!
オヤジがテープを聞こうとしている・・・弟と共に笑いを堪え陰で見ている。
始まった!「わ〜たしがぁぁぁぁっ さぁぁぁぁあっ!なぁぁぁぁっ!」

しかし、オヤジは顔色を変えて!「テープが壊れとるじゃないか!」・・・怒っている・・・
笑いながら弟と真相を告げたが・・・笑うどころか怒られてしまった。
冗談ぐらい判れよ!このとき心の中でつぶやいた。
本当にオヤジは真面目だ・・・だがこのとき自分が親父になる時は冗談の言える親父になりたいと思った
のだが・・・
はたして、自分の子供達はどのように見ているのだろうか?ちょっと最近不安だね。

でも、あの時のテープはよく出来ていたんだけどなー
たまに懐かしの歌などの特番があってあの歌がかかっていると、あのマッドテープを思い出す。

2002年5月6日
ゲームに思うこと

うちの子供は今更ながら「ドラクエ7」をやっている。
しかし、すぐに攻略本やインターネットに頼りたがる。
それは違うよね。

謎はある程度考えて見つけ出すのがRPGの醍醐味だと思うよね。
昔は?攻略本なんてほとんど出ていなくてファミコンのゼルダの伝説はマップを自分